LOHASブログ
再魔術化のポリティクス
「エイジェンシー」としてのロハス(LOHAS)層の考察
 第二章 再魔術化とは

 本章では、環境問題における認識と行動の距離は人々を再魔術化することによって埋めることができるのではないだろうかという仮説を提示する。「再魔術化」とは、「生命的自然を基盤とする世界に『参加している』という意識の再獲得」である
28。バーマン(Morris Berman)によると、「参加する意識」において、主体/客体の二分法が崩壊し、自己の「内側」と「外側」が体験の瞬間において一体感を感じることができ、人は自分を包む環境世界と融合し同一化しようとする。再魔術化によって、「自我」を「自然」から引き離し「自然」と「人間」を対立させてきた「参加しない思考(醒めた思考)」から解放され、「世界のすべてのものごとの調和的・非調和的な連動性への敏感さや、自己自身をその連動する全自然の一片として感受する平衡感覚」29としての<感覚としてのエコロジー>を得ることができる。実際に、このような「自分の運命は他のすべての存在の運命と説きがたく結びついている」という意識と感覚を多くの環境運動家が経験していることを示す実証研究もある30

 再魔術化を定義する上で重要なことは、バーマンの言及する「再魔術化」は一般的に言及されるような「ナショナリズムの勃興」や「宗教への再傾倒」といった非合理的なものへの回帰といったことを意味しない、という点であろう。バーマンが強調するのは、科学的合理性・批判的理性の帰結点として人間と自然を二分する発想がむしろ非合理になっており、自然と人間が一体化した認識論こそが現在では合理的となっている、という点である
31。ここで、人間を「原子論的自我」ではなく、「関係論的自我」として捉えるポスト構造主義的人間観の発展系として、人間と人間の間の関係のみではなく、人間と自然と間の関係に目を向ける新しい関係論的自我を見出すべきであろう。

 では、社会的ジレンマは如何に再魔術化によって解決されるのだろうか。まず、社会的ジレンマとはこのように「個人的解決と構造的解決をリンクさせることによってはじめて安定解を見出すことができる」
32ものである。したがって、「個人」と「構造(自然)」の対立の解消としての再魔術化が最適なのである。なぜなら、環境配慮行動をめぐる状況において、実態水準では社会的ジレンマであるが、行為者の状況認知にとっては社会的ジレンマではないという状態を作り出すことが重要であるからだ。もし、認知水準において社会的ジレンマを定義するならば、すべての行為者が「非協力行動」を選択肢、その結果としして欠陥均衡が生じることは当然であり、実体水準で社会的ジレンマを捉えない限り、社会的ジレンマを「解決」することは、定義上、不可能である33。まさに環境問題とはこの客観的な関係の連鎖と主観的視界の限定性のギャップから生まれているのであって、この関係/視界のギャップを埋めることによってしかそれは解決することはできないのである34

 「自分以外の存在を自我の感覚の中に包容することによって、自然を含めたすべてのものを包容する広がりのある豊かな自我の感覚を培うべきだ」といった主張は、ディープ・エコロジストによって度々なされてきた
35。ディープ・エコロジーとは、「自己実現」と「生命中心主義的平等」を二大目標とし、自己の探求や瞑想によって、有機的な生命世界のなかに織り込まれて存在している自己の在り方に目覚めることを目指している思想である36。しかし、ディープ・エコロジストはその帰結として、生態系における生存権の平等を訴えるあまりに、他の生命体を犠牲にした人間の生存権の否定、人間の数の削減などの常識に反する極端なアイディアを主張したために、動員が成功することはなかった。

 本稿は、自然と一体感をもつ自己感覚(自我概念)への成熟に環境問題・社会病理現象の解決の道を見出したディープ・エコロジー論を再考することによって、再魔術化という観点から「下からの社会変化」への道を目指すものである。本稿における「ポリティクス」とは、「より多くの人々に自分たちに考え方を支持させ、自分たちが提起したライフスタイルを引き受けさせられるかを競う争い」と定義づけられるだろう
37。つまり、他者の「参加しない意識」を「参加する意識」に変容させるという再魔術化のポリティクスを如何に展開すればいいのだろうか、という問題意識を根底に持っているといえよう。この点については、第六章で詳しく検討する。


28:モリス・バーマン(1981)前掲書
29:真木悠介(1977)『気流の鳴る音?交響するコミューン』筑摩書房、43頁。
30:Lester Milbraith (1984) Environmentalists: Vanguard for a New Society, Albany: State University of New York Press, pp. 28.
31:例えば、現代物理学においては、量子力学の発見によって主観を排除しようとするデカルト的企ては棄却され、主観こそ「客観的」知識の土台であることが証明された。量子力学においては、独立した観察者を想定できることはできず、常に観察するといった主体的行為自体が観察客体へ影響を与えざるをえない。
32:土場学(2006)「環境配慮行動の規範的構造」『社会学研究 No.80』東北社会学研究会、47頁。
33:海野道郎(2006)「誰が社会的ジレンマ状況を定義するのか?」『社会学研究 No.80』東北社会学研究会、11頁。
34:見田宗介(1996)『現代社会の理論』岩波書店、155頁。
35:深井慈子(2005)『持続可能な世界論』ナカニシヤ出版、179頁。
36:森岡正博(1994)前掲書、83頁。
34:杉田敦(2005)『境界線の政治学』岩波書店、93頁。








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