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 日本での「プランB」チームキャプテンとして…

イカリ環境事業グループ代表/黒澤 聡樹さん

地球環境問題が深刻化しているなか、持続可能な経済『プランB』を提唱する環境問題のパイオニアであるレスター・ブラウン氏。2008年6月の来日講演でレスター・ブラウン氏の第一声が、黒澤聡樹さんの紹介だった。


日本での『プランB』チームキャプテンとして
レスター・ブラウン氏の新著『プランB3.0』のなかで、「氷の融解だけ見ても、人類文明が困難に直面していることがわかる。20世紀のような社会経済システム「プランA」はもはや持続可能な選択肢ではない。プランBの出番である」と述べている。黒澤さんは、日本での「チームプランB」キャプテンとして『プランB』を推進している。

黒澤さんとレスター・ブラウン氏との出会いは1996年、環境フォーラムを開催し、“今、地球が危ない”というテーマで講演して以来だそうです。「地球が危ない!エコ・エコノミーに転換しなければという言葉が衝撃的でした。以来、毎年のように講演会を開催し、出版物の後援を含めた地球環境運動を推進してきました。同時に環境文化創造研究所を設立し、レスター・ブラウン氏を名誉顧問として迎えました」という。

当時は環境問題の社会認識は低く、理解されにくいものでした。自らのビジネスでも早くから環境問題に着目し、また40年にわたって桜の植樹を社会貢献の一環として取り組んでいる黒澤さん。そのすべての原点は、辛い事故にあったようだ。

来日のたびに必ず黒澤さんと会うレスター・ブラウン氏

原点は辛い事故に・・・
シロアリ、害虫駆除などからスタートし、「健康と環境」をテーマに環境文化を創造するグループとして成長しているイカリ環境事業グループ。一企業の枠を超えた取り組みは社会から注目を浴びています。グループ代表の黒澤聡樹さんは、これまでに世界50カ国以上を訪れて「人間は幸せでなければならない。自然に親しまなければならない」ということを実感したそうです。


北里大学保健衛生専門学院でのさくら贈呈植樹。
左は学院長の鈴木達夫氏
「20歳頃までは父に言われるままに仕事を手伝っていましたが、ある時、都内の有名ホテルでネズミが出て困っているという連絡が入り、ネズミ退治に奔走しました。この時、先方がとても喜んでくれた姿がうれしくて、やりがいを感じました。以来、消毒という仕事に熱心に取り組むようになりました」という黒澤さん。しかし、イカリ消毒の創業(1959年)からわずか3年目で創業者の父親が突然の交通事故で急逝してしまい、まだ23歳で黒澤さんは社長に就任となったのです。

その頃日本は、東京オリンピックを控え高度経済成長が始まり、東京では高速道路や地下鉄の建設が相次いでいた時期でもありました。黒澤さんは多数のビルとネズミ駆除の消毒契約を結び「ネズミ捕り四天王」などとマスコミで取り上げられるようになっていました。
しかし、そんな矢先に大変な事故が起きてしまいました。東京・池袋の百貨店で消毒作業中にアルバイト社員が吸ったタバコの火が消毒液に引火して火事になってしまったのです。

「1963年8月22日、忘れもしない、うだるような蒸し暑い日でした。『イカリの作業中のデパートが燃えている。すぐに来てくれ…』電話では要領を得ないまま、ともかく池袋を目指しました。現場に近づくにつれて、幹線道路や国電(JR)が交通規制で、思うように近づけません。現場の近くまで駆けつけたときは、真っ黒な煙がもくもくと空全体を覆い、放水で流れ落ちた真っ黒な水、すさまじい暑さによる熱気が蒸気となり、空気全体が灰色に染まっていました。道路や周辺は泥水で溢れ、黒煙でドロドロになり、消防士や警察、マスコミ関係者、やじ馬でごったがえして、大混乱でした。いま振り返ると、まさに地獄絵図を目の当たりにした瞬間でした」。
そして、社員1名を含めた7名の尊い命が奪われてしまいました。黒澤さんは遺族を始め関係者、得意先など300軒の顧客をすべて回り、平身低頭、お詫び行脚をしたという。「当時、一緒に働いていた弟の真次と2人で死んでお詫びをしようかと悩み、思いつめたほどでした。しかしこの時、百貨店の店長を務めていたグループのオーナーの『起きてしまったことは仕方がない。君たちはまだ若いのだ。今回の件を教訓とし、これからがんばりなさい』という励ましの言葉に勇気づけられ、以来、死んだつもりで社会に貢献できる企業になろうとここまできたように思います」と黒澤さんは振り返る。



これからは、生物と生物の戦いに・・・
黒澤さんはできる限り時間を見つけてさまざまな場所を訪れています。アメリカ、ロシア、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、中国、タイ、ネパール、アルゼンチン、パラグアイ、ニュージーランドなどとできるだけ多くの国々を回ったそうです。

「1995年に私はロシアを訪れました。ちょうどその時、クレムリン広場から大通りには人々の波で溢れかえっていました。元米国大統領クリントン氏ご臨席の下、戦勝50周年のパレードが行われていたのです。私は人の波に逆らって進んでいくと、みんな笑顔で溢れていることに気が付いたのです。その時、その満面の笑顔を見ながら、『あ〜、これで本当に戦争は終わったのだ、人間と人間が殺し合う悲惨な戦争は終わったのだ』を痛感しました。そこでふと…、『これからは、生物と生物との戦いが始まるのだ』と直感したのです」

人や生物、細菌や病気に至る、あらゆる生物が国際間を行き交う時代が到来しています。近年では、首都圏を中心にネズミ、カラス、ドバト、外来種による被害が急増しています。これらによって、健康被害ばかりでなく、環境汚染、ライフラインの遮断、火災、経済的損失などの生物がもたらす事故との戦いが続いています。

時代は、健康と環境に配慮した、薬剤を使用しない方向に進んでいます。黒澤さんの会社では、世界で初めて、「予防化、無害無影響、自動化」を駆使した『ゼロベース予防システム』を開発しました(右の写真は、新宿駅東口の飲食ビルノワビルに設計の段階から導入し、10年以上にわたり、有害害虫獣によるクレームゼロという実績を上げている自動防鼠捕獲装置)。実はその開発に「20年前に、あの本田宗一郎さんが6千万円の開発資金を援助してくれました。何も言わずに判を押してくれて、研究開発の末に完成したのが自動防鼠捕獲装置“Jライン”です」と黒澤さん。
  
グリーングローブ日本支部設立調印式で
Sirフランク・モア会長と

自動防鼠捕獲装置 Jライン

木は友情のしるし

1973年タイ王国のプーピン宮殿でさくらの植樹

「『ドウモ アリガトウ〜』と、流暢な日本語で、プミポン タイ国王陛下は私の手を両手でしっかりと握りしめたのです。35年前、1973年にタイ王国のプーピン宮殿で、桜の苗木を国王や皇女らと一緒に植えたときのことです」と、黒澤さんは当時のエピソードを。「その前日のことですが、翌日の植樹祭の準備のために、関係者が総出でドロドロになりながら宮殿の庭に穴を掘っていました。私も口もきけないほどクタクタになってホテルに戻ると、いい香りと共に、♪さくらさくら♪の琴の演奏がどこからともなく聞こえてきたのです。そこにいたみんなに思わず笑顔が戻り、とたんに涙が溢れてきました。
プミポン国王の粋なお心遣いだったのですが、その温かいお気持ちが嬉しくて、それからでしょうか、タイ国との絆が事業の面でも太く強くなっていったのは…」ちなみに、いい香りの正体は、何千本という黄色いフリージアが黒澤さんたちを歓迎するためにホテルのロビーに生けられていたものだそうです。

黒澤さんは、47年前に事業を引き継いだときから 『美しい街づくり』を経営のモットーに、社会貢献事業として「さくらふるさと街づくり運動」を展開してきました。財団法人 日本さくらの会を通じて、 これまで日本各地はもとより世界各国に苗木・種子等、延べ30万本以上のさくらを広めてきました。

海外の桜というと、ワシントンのポトマック河畔の桜並木が浮かぶのではないでしょうか。この桜は100年も前に、まだ東京都が市政だったときの初代東京市長で「憲政の神様」と称えられた尾崎行雄氏によって贈られたものです。

2008.4月、日本さくらの会中央大会で憲政記念館に植樹

「世界各地で桜が満開を迎えると、言葉や国境を越えて人々が集まり、満面の笑みを湛えていることに気がつきました。桜は防虫作用もあり大気汚染の浄化作用にも優れています」と教えてくれました。
「さくらふるさと街づくり運動」のひとつとして劇団「ふるさときゃらばん」も支援してきた黒澤さん。そして2006年には地球環境事業推進のため、グリーングローブの本部のあるオーストラリアを黒澤さん自ら訪問し、日本支部の設立に尽力。グリーングローブ環境認定機関として展開している。黒澤さんの会社は、今年2009年に創業50周年という。


 黒澤 聡樹 Profile

1938年中国牡丹江省生まれ 1973年日本大学大学院経済研究科修士課程終了。
戦後に父が興した船舶の害虫駆除会社・錨消毒(現・イカリ消毒)に1959年入社。1961年、父親の急逝により社長に就任。1980年より、イカリ消毒、関連会社、海外10ヵ所の拠点を含めたイカリ環境事業グループ代表兼CEOに。2004年より(株)環境文化創造研究所代表取締役社長を兼任。さくら美しい街づくり運動からレスター・ブラウン氏との地球環境運動、グリーングローブ日本支部の創設と幅広い環境保健産業のパイオニアとして活動に取り組んでいる。現在、社団法人発明学会理事、財団法人日本さくらの会常務理事、ゆうもあくらぶ常任理事、財団法人尾崎行雄記念財団評議員も務める。
受賞歴:防虫・防鼠環境新技術の開発において、黄綬褒章、科学技術庁長官賞、東京都科学技術功労者賞など







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